「なぁ……、あんたに言うのもおかしいんだけどさ。エアリスのこと…。頼むよ」
お前に言われるまでもない。そう思ったが、口から出たのは、
「仕事だからな。当然だ」
そんな素っ気無い言葉だった。




キミを見捨てたことに後悔はない。ただ、約束を果たせなかったことが辛いだけ




「ニブルヘイムの魔晄炉に動作異常が確認されたそうです」
流れるようなという表現がぴったりの銀髪が黒を基調とした革の戦闘服を滑る。
例の件を彼に報告したのは、他でもない自分だった。
「……反神羅のテロの仕業か?」
神羅ビルの一室、壁面を覆うモニターを背に、行儀悪くデスクにもたれ掛かった神羅の英雄は、報告書に目を落とし皮肉げに眉を歪めて見せた。
上層部から渡された報告書という名の紙切れはプリントされた文字で黒く覆われていたが、中身だけに関して言えば白紙も同然で、くどくどと並べ立てられた文章を簡潔にまとめて見せれば、『異常事態なこと以外、何も分かってませんよ~☆』という一文で終わることであった。

「……可能性は否定出来ませんが、現状未確認であるとしか言えません」
「それを俺たちに調べて来いということか…」
つまらなさそうに報告書をデスクに放り投げたセフィロスの一言は単なる事実を述べただけで他意のないものだったろうが、ツォンは無表情のまま内心不可解なものを感じていた。
仮にも『調査課』という部署であるタークスではなく、わざわざソルジャーを出動さえる意味を。
セフィロスは疑問にも思わないのだろうか。

英雄は冷めた視線を前方に向けたまま、うっすらと口元だけで微笑んだ。
「ソルジャーでなければならない理由があるのか。それとも…」
こちらの考えを読んだかのタイミングに思わず魔晄の瞳へと視線を向ける。
「…『俺』でなければならない理由があるのか」
独白のように呟かれた言葉の意味を尋ねる前に、セフィロスはふわりと肉食獣のなめらかさで身体を起こし、背筋を伸ばし軍人の歩幅でツォンの前を通り過ぎて行った。
魔晄の瞳は相変わらず前方を見つめている。
 そういえば、セフィロスと視線が合うことがほぼ皆無に近いことに気付いた。
冷静な瞳は周囲の全てを把握しているようで、それでいてツォンの視線ときっちり噛みあうことはない。ただ、スキャナーのように表面を通り過ぎていくだけ。

一人残された部屋でツォンは、同じ魔晄の瞳のくせに、がっちりと時に無遠慮なくらい人の目を覗き込んでくる男を思い出した。
彼もこの任務にソルジャーとして同行することになるだろう。
このどこかの誰かの思惑が見え隠れする胡散臭い任務に……。




「ツォン、お願いあるの…」
柔らかな口調と声の割りに、勝気な物言いをすることが多い彼女にしては、どこか遠慮したような切り出し方だった。
お願いの予想はつく。
伍番街の教会にふる柔らかな七色の光の中で、つい先日仕立てたばかりの真新しいピンクの服を着た彼女。
この場に不似合いな黒いスーツ姿でツォンは、彼女の温かな瞳から微妙に目をそらし、車輪が外れたままのワゴンを意味もなく見つめていた。
「ねえ、聞いてる?」
焦れたようにツォンの前で、背伸びをして視線を合わせようとする彼女に内心苦笑する。
頭の上でピンクのリボンが精一杯揺れている。

仕事だからな。
そんな言い訳めいた言葉が自然と頭に浮かぶ。
彼女の我が侭…というには些細な、けれどはっきりとした要求に付き合うのは、個人的な気持ちなどではなく、仕事だから。
そう思った方が心情的に楽だった。
「あのね、ソルジャーの居場所、タークスなら知ってる、よね?」
どこか慎重に言葉を選んでいる彼女に、あえて素っ気無く言う。
「知っていたとしても、ソルジャーのミッションについては口外禁止だ」

そう、知っている。彼の現在の居場所を。自分が口にしたミッションという言葉さえ白々しく哂える。
魔晄炉の調査のためニブルヘイムに出動したあのミッションから数ヶ月。社内では行方不明と囁かれている神羅の英雄とソルジャーである彼。それともう一人の一般兵。
タークスだから全て知っているとも。
こうやってここ伍番街の教会でずっとずっと彼の帰りを待っている彼女が、もう二度と、あの魔晄の瞳を見ることがないと。知っている。




「キミは……………いや、名前など些細な問題に過ぎぬよ。この私の頭脳には必要のない情報だからね。そう、タークスのキミ。少々しつこいな。実験体はただの実験体に過ぎない。キミが面会したがる意味が分からんね。そもそも会ったところで、他人を認識出来るような精神状態のあるのか。まぁ、その確認をするのも悪くないが、生憎と私は忙しい。くだらぬ事で貴重な時間をつぶすわけにはいかないのだよ。ましてやほぼ失敗が分かっている実験体などにかまけている暇はない。アレは確かに死んだといわれているが、私には分かる。魔晄炉に落ちたくらいで死ぬわけがないのだよ。必ず復活するだろう。あぁ、信じてないね。クックックッかまわんよ。今は誰も信じていなくとも時が必ず証明してくれる。その復活の時にこそ人形たちが動き始めるはず。残念ながらこの実験体たちは役に立たなかったが。なに、気にすることはない。活きの良い実験体などその気になればまた手に入るのだからな。クックックッ…。そうだ、キミはどうかね?タークスというからにはそれなりに高い潜在能力を持っているのだろう。どうだね、私の実験に協力してみないか?」
「…………謹んで遠慮させていただきます」
「そうかね。残念だ」
白衣の男は大した感慨もなさそうに言うと、床を軋ませ部屋を出て行った。
黴臭い部屋に取り残されて、ツォンは溜息を隠せない。

ニブルヘイムの神羅屋敷は科学部門の、というより現在では宝条博士個人の屋敷として扱われている。特に地下の実験室には、タークスといえども博士の許可無く立ち入ることは他でもないプレジデント自身によって禁じられている。
神羅の闇を担うタークスは確かにカンパニーの経営維持の全てに通じてはいるが、実際神羅の最も深い闇に接し、その闇を作り出しているのは、科学部門の宝条といえるだろう。
兵器会社として発足した神羅だが、ここまでその力が発展したのは宝条たち科学部門の魔晄の研究ゆえである。
我が辞書に倫理の文字はない、と宣言できそうな異常ともいえる実験を平気で行う宝条は、会社の利益だけを追求するこれまた倫理という言葉と無縁なプレジデントにとってこれ以上ないほど利用価値の高い部下だろう。
この二人はタークスさえ詳細を知らされていない実験を極秘で行っているらしい。主任であるヴェルドに聞かされたことがある。余計な鼻は突っ込まない方が賢明だという言葉と共に。ヴェルドもプレジデントに聞いたわけではない。

立ち入りを禁じられたこの地下で、彼はまだ生きているはずだった。少なくとも生物学的には。
仕事だから。
個人的な事情云々ではなく、タークスとして現状を把握しておきたいから。
そんな言い訳を誰に対してしているのか自分でも分からぬまま。
いや、本当に仕事でしかない。もしも個人的事情を優先するのであれば、たとえ禁じられていたとしても宝条に気付かれぬよう地下に侵入することも可能であっただろう。けれど、自分は誰かに対してしきりに言い訳をしながらも、宝条に言われておめおめと引き下がっているではないか。




『これ、届けて欲しいの』
居場所は教えられないと言ったツォンに、彼女は封書を託した。
これ以外にも彼女が知っている限り全ての場所に手紙を送っていることを知っている。思い当たるだけの伝手を可能な限り辿って。でも彼女は約束した通りここで待っている。
二人が出会ったこの光溢れる伍番街の教会で。約束通り花を育てながら。ずっと、待っている。




『あんたに言うのも、おかしいけどさ…』
真っ直ぐに人の目を覗き込む男だった。物怖じせずに。我が辞書に遠慮の文字はない、と宣言できそうなくらい真っ直ぐに。
『ツォンがタークスだし、ここにいるのも理由があるんだろ?』
難しいことは分かんねーけど、と。彼女が神羅に必要な人間であることを、理解しているのかどうなのか、その辺はおおらかというかいい加減というか。けれど本質は決して見誤らない男だった。
だからこそツォンに言ったのだと思う。タークスであるにも関わらず、他ならぬツォンに。

『俺、任務でしばらくミッドガルを離れるからさ。あんた、知ってんだろ?ニブルヘイムに行くことになった』
あいつの故郷だよ。と笑っていうあいつが誰なのか、すぐに分かった。眩い金髪の一般兵の少年を、この男はずいぶんと気に入っていた。
『別に任務で出掛けるのは、いつものことなんだけどさ。なんつーか、なんだろう…。うまく言えないんだけど、あんたに頼みたいんだ』
自分でも何を感じているのかはっきりと言葉に纏めることが出来ないのだろう。曖昧な言い方に本人も頭をガシガシと掻きながら、首を捻っていた。
『悪い予感っつーと、言葉が悪いんだが。一応さ。念のため。あんたに頼んでおきたいんだ。………エアリスのこと』
ま、この俺がいればどんな最悪な状況でも、バーンッ!と解決しちまうんだけどっ!と明るく笑いながらも彼は持ち前の勘の良さで何かを悟っていたのかもしれない。あの英雄と同じ様に。たかが魔晄炉の故障にソルジャーが、それも他ならぬセフィロスが、派遣されることの不自然さを。何者かの思惑が絡んでいると。

『ツォン、頼むよ』
真っ直ぐな魔晄の瞳。
心配するな。仕事だからな、当然だ。
 



この木造の床の下。ツォンの足元に、彼はいる。
ミッドガルを離れて数年。まだ生きている。
時折この屋敷を訪ね、宝条自身、もしくは助手に追い払われながら、ツォンは時々衝動を感じていた。
命令を無視して地下室に下りることを。
けれどその衝動に身を任せたことは未だない。

なぜなら、それはきっと、仕事ではないからだ。









5年の月日はあっという間に過ぎ、ツォンが知っていた通り、彼女は永遠に彼の瞳を見ることはない。
相変わらず仕事は真面目に行っている。
最近は反神羅のテロが増え、タークスの仕事もますます忙しくなった。
 ただ一つ、デスクの隅に置かれたケース内。積み重なった封書は届けられることなどない。

『頼むよ』
『仕事だからな』

すまないザックス。
仕事なのに、叶えることが出来そうにない。







お前は死んでしまったから。


 
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